ナポリの島耕作が連ドラに出るとイタリアのツイッターが必ず荒れる
こんにちは、小鳥めめこ(@memeko7)と申します。
小澤みゆきさん(@miyayuki777)による文芸アドベントカレンダーに、16日目として参加させて頂きます。
私にバトンを渡してくれたのは、15日担当の出藍文庫さん。
私がバトンを渡すのは、17日担当の藤ふくろうさんです。
このような企画に参加するのは初めてであり、毎日開かれていくカレンダー作品の熱量や魅力に腰が引けているのですが、悩んだところでいつものようにしか書けないので、いつものノリで今年印象に残っている本についてご紹介しようと思います。
読了したすぐにツイッターで興奮しながら呟いた感想が含まれるため、勢い余ってちょろりとネタバレをしている部分もあるかと思います。お気を付け下さい。
ナポリの物語(早川書房) 全4巻
エレナ・フェッランテ (著) 飯田 亮介 (翻訳)
1.リラとわたし
2.新しい名字
3.逃れる者と留まる者
4.失われた女の子
リラとわたし ナポリの物語1の、訳者あとがきがこちらで公開されています。
ナポリ出身のイタリア人女性覆面作家エレナ・フェッランテが描く、戦後のイタリア社会を背景に、ナポリを舞台にした物語。
自由で奔放なにより苛烈なリラと、本を読むのが好きなエレナ。波乱と混乱に満ちた世の中に翻弄され、あまりに濃い家族と地元のしがらみの中を、努力根性義理人情に呪われつつ生き抜く。読むことで二人の女性の人生を共に生きるような、世界的ベストセラー。
性的経験のないエレナが「好きな相手の父親」とヤケクソで寝て後からドチャクソ後悔してみたりする、深夜枠のドロドロ昼ドラ、スラムのガキから女になれ! な物語です。
かのヒラリー・クリントンも夢中になって読んだそうで、確かに大統領選挙すら手につかなくなりそうな面白さ。一巻を読みだしたら面白すぎて選挙活動が疎かになるのは困るからと、二巻を読むのは我慢しているとあとがきにありました。
1巻目の「リラとわたし」は2017年に日本で出版された本なのですが、最終巻「失われた女の子」が2019年12月に出版。私がこの長い物語を一気に読んだのが今年の1月なので、私にとっては今年の忘れられない本です。
キャラクターもたくさん出てくるのですが、しかも父親や母親、兄弟姉妹と同じ名前を自分の子供にあえて付けたりするので、リーノやらニーノやら似た名前が複数出てきます。
ただし全部の巻に登場人物紹介があるので、そちらを参考に! 読んでいると、結構どうにかなります!
1950年代のナポリ。昭和の日本の地方と変わらないだろう男尊女卑のかなり酷い、そして非常に貧しい地域で育つ二人の女の子たち。
その片方が60歳になり突然失踪してしまった2010年辺りから物語は始まり、語り手であるエレナが、二人の出会いから今に至るまでを回想していきます。
天才的に頭のいい女の子リラ、その子に触発されて勉強をし始めた作家志望の秀才の女の子エレナ。「リラとわたし」では、お互い貧しく学のない、暴力と差別が当然の家庭環境の中、多感な十代前半までを必死に生きていく姿が綴られます。
二人の間で揺れ動く友情を丁寧に描く、ただそれだけなのに、めちゃくちゃ面白い。
幼馴染でもある二人の女の子の育った環境は、場所は、とても似ています。
片方は靴職人の家に生まれた子で兄がおり、家族どころか地域でも誰より頭がよく天才的で、大人になると絶世の美女になることが約束されている容姿。
しかし女の子に勉強なんて必要ないと、家族にまったく理解がない。
若いうちに金持ちと結婚して早く子供を産むことが、唯一の幸せになる方法だと思われている価値観。なによりそれが当然の環境。
もう片方は市役所の下級役人の子で、長女で長子。頭の良さは靴職人の子には敵わないけれど、相手の家庭より少し理解があったために勉強するチャンスを手に入れる。
そして彼女だけ、どんどん上の学校に進学し、最悪の環境から脱出する足掛かりを少しずつ得ていく。
つらい~!!! 教育の価値のわかる家庭に生まれないと、こんなに勉強することが大変なのかと歯がゆいほど迫ってくる。せっかくの素晴らしい才能が、あらゆる可能性が、環境と貧しさにどんどん潰されていく。
その一番の理由は「女の子」だから。
ただ二人の女の子の人生を、片方の、エレナの細やかな感情の描写だけで進むのに、とにかく面白い。エレナが一人称のため、あらゆる自分の気持ちや本心が、見栄も自尊心も嫉妬心も一切隠さず丸出しになっており、引くも通り過ぎて段々感服してきます。
二巻の「新しい名字」とか624ページもある本なのに持ち歩いて、時間を見つけては読んでしまうほどでした。二人が生まれた1944年から始まる話ですが、これは2020年に読んでこそだなと思います。
貧困地域に生まれ、周囲や家族親族のほとんどが小学生卒か小学生中退という環境で育つと「謝罪の仕方を知らない、そもそも悪いことをしたら謝ると言うことを教わらなかった」それを故郷から遠く離れた都会にある大学に行って、初めて学ぶエレナ。
多くの人たちにとっては最低限の「当然」も「常識」も、教育によって生まれている。感謝と謝罪なんて、世間の荒波を乗り越えるための基礎技術でもあるのに、それだって我々は学んで得ている。
しかし人によっては、まずそれを知る機会すらない。
一族を遡っても小学校卒しかしていないような家系で初めての大学生になり、小さな頃から優等生で成績が良く自分をよい子に見せるのが得意で、エリートも多くいる難関大学でも超優秀なエレナ。なのに、出自にコンプレックスを抱え続け、おかげで自信がどうしても持てず卑屈、しかし怒ると自分の粗野な生まれを隠さないケンカができるどすこいエレナ。
弱気な自分の気持ちも丸出し一人称のせいでわかりにくいものの、完全にリラよりヤバい女なんですよ……!
リラがヤバイヤバイと作中ではしつこいほど言及されますが、語り手のエレナの方が百倍ヤバイ女で、だからこそ目が離せない。
エレナは卑屈で超見栄っ張り、自分を賢く良く見せるためならどんな努力も厭わず、リラの二番手に甘んじるようなことを認めながらも、彼女に負けることを非常に恐れています。
エレナが不誠実で、素直ではなく受け身で、それゆえに損ばかりしているので読んでいてイライラするけれど、世の中に不誠実でなく素直で受け身でもない人間がどれほどいるだろう。みんな、より良きひとになりたくて、毎日不甲斐ない自分を哀れみ同情し、呆れて怒りを誤魔化し宥めて生きている。
エレナは自分の本心やマイナスの感情に、嘘を吐かない。他を思いやれず自分のことばかりなのも、自覚して全部書いている。この話は彼女の実録手記風で、名前も出してこの赤裸々さには、感心しかない。
私はエレナと生まれも育ちも違うし、彼女のコンプレックスも嫉妬もリラへの二律背反めいた感情も、正直わからない部分が多くある。でも彼女に似たひとは知っている。彼女の独白には共感する部分も多々ある。
わたしのための物語ではないけれど、他人の話でもないという絶妙さ。
しかしエレナのこの承認欲求があまりにも凄い2020。読書として客観的に見ると、承認欲求が強すぎると結局他人に振り回されているだけだと思う。不確かな自分の想像する「他人からの視線」に、自分の意思や望みが押しやられしまう。
でも、誰にだって承認欲求はある。ただ、それに飲み込まれたら苦しい。
さて、この記事のタイトルにも書いた「ナポリの島耕作」ですが、その男の名前はニーノ・サッラトーレ。
エレナやリラより2歳年上、父親はマイナーながら本も出ている詩人であり、頭が良く成績優秀で立ち回りも上手く弁が立ち、最終的に政治の道に進みます。
無数の女と付き合い、認知しない子供もポッコポコ産ませ責任は取らず、ところがどっこい自分は金持ちの娘と結婚し、安定した家庭と後ろ盾は確保する。まさに徹頭徹尾、自分のことしか考えない勝手な男。
ちなみにニーノの父親も重度の浮気性で、浮気相手にひどい扱いをして精神的におかしくさせたり、未成年に手を出したりと、見事なくらいのクソ野郎です。
そしてニーノはその父親が大嫌いで憎んでおり、そのくせ結局は父親と同じようなことをしている……。
以上のように大変に優秀そうでいて実は、困ったらタイミングよく権力やコネを持つ「女」に助けられてるだけだろと突っ込まれており、ニーノ、お前、島耕作かよ……!
いやイタリアの島耕作は日本の島耕作よりもっとひどい。島耕作が霞むほどひどい。「逃れる者と留まる者」を読んだ直後にツイッターで、ニーーーーーーノ! ちんこもげろ!!!! と思わず叫んだほどです。我、小説のキャラクターに真剣に怒る女。
私、ニーノみたいな男が死ぬほど嫌いなんだが、そういうこという女こそモノにするんだろうなああいう男は……キライッ!
一方エレナは相変わらず我が道を爆走し、旦那と子供を捨てて不倫に走ります。それもニーノと! よりにもよって!!
ニーノをイタリアの島耕作かよと呟いたところ、ナポリの物語の翻訳者の方から、HBOでシーズン2が放映していた実写ドラマにニーノが出てくるたびに、イタリアのツイッターが荒れるというリプを頂き、正直声を出して笑いました。
思わず「ニーノもきっとセレブレーションファックしてますね」と返事しなかった私を褒めて欲しい。
しかしシリーズの最終巻の最後の方を読んで、思ったんですよ。
本当はリラなんて、元からいなかったんじゃないか。一人ではとても生きれなかった、人生に対して戦い続けることができなかった弱いエレナの「頭が良くて美しくて完璧で意地悪で自分を振り回す、すごい幼馴染み」というイマジナリーフレンドだったりして、と。少し。
エレナは一生、リラのことを愛しながら嫌い、恐れながら敬い、彼女に支配されることを、負けることを、敵わないことを、心底怖がっていた。
しかしリラから見たら、リラの望みを全部叶えて実現させ、思い通りに生きているエレナの方に、よほど悔しい思いをしたのでは。少し想像したら思い当たりそうなのに、エレナはそれに関しては、一切考えることがない。思いやることもまったくない。徹底して。
そして、それをわかっているのがエレナの夫だけで、リラが彼の言葉だけは聞き入れていたのも面白い関係だなと思う。
話題沸騰イタリアの島耕作ことニーノさんですが、最後の最後まで期待を裏切らずクソアンドクソクソウィズクソで、むしろここまでくるとスッキリしました。ほら、変に改心されて反省されてもさ……腹立つだけだしさ……。
というか作中に出てくる男が全員、良きも悪きも色々と酷すぎて、結婚しない方がいいのでは……。
あれほど虚栄心に満ち満ちた女エレナが、果たして信用がおける語り手なのか、とちょっと思うんですよね。自分の心情を丸出しでだだ漏れで書き連ねているものの、何か隠している感じがしないでもない……。
正直すぎる感情の発露に惑わされて、本当に大切なことは書いてないのではと思わせる余地がある物語です。
創作とは思えないくらい、一人の女性とその幼馴染みの実際にあった人生を、横から見た気分になります。エレナが自分勝手で見栄っ張りで虚栄心にまみれた正直すぎる女で、最後まで勝利して終わった。
最終巻のタイトルが「失われた女の子」なので、エレナかリラの「女の子」だったものや時代がついに失われてしまうのかな、と思ったらガチで女の子が失われて驚きました。
しかし一連の出来事、エレナが当事者だったらきっとあらゆる理由を付けて全部リラのせいにして、リラを一生許さないと思う。
エレナ、お前が優勝だよ…。
本を読むと勝手に音声が聞こえると共に、私は描写されたものが全部頭の中で映像化してしまう癖があります。だからリラが靴屋に飾った自分のウェディングドレス姿の写真が、見てきたように頭の中に存在する。
丸い小さなテーブルに頬杖をつき、睨むようにこちらに視線を向け、前髪は切り揃えられていて、脚を組んで、片方の靴が僅かに脱げかけてる。
そしてエレナとリラの住んでいる街中の風景も本を読むと「見える」のですが、この前気になってナポリの街の風景をググって実際の写真を見たら、全然違いましたね……。この私の頭の中にあるのはどこの風景なんだよ。
あとドラマ版を見たら、全員私の頭の中と容姿が全然違う!!
文章の読む速度に目の動きが付いていかないほど、こんなに夢中になって読んだ本とか久しぶりでした。
紙の本、電子書籍も各種書店やネットショップにありますので、ステイホームなクリスマスやお正月のお時間ある時にお勧めします。長いので。ただし一度読み始めると、なかなか抜け出せられない魅力に溢れた物語です。
あなたもリラのことを想い、エレナに感心しつつ引いて、ニーノのちんこが根元からもげることを祈りましょう。
それでは皆さま、良いクリスマスを!